長年の人生経験が私に「何事をするにおいても、先ず自分の信念を貫く事、信念を失う事は人生の目標を失う事である」と教えてくれました。 信念を実行するには行動を起こさなければなりません。 行動だけが、自分を困難を乗り越え、成功に向かわせます。 運命を変える為には、実際に物事を始めるしかないのです。 勝利は往々にして最後の一刻に決定する...と言う事を忘れてはいけません。 魯迅の名言で「暗い人生を笑って迎える」というものがありますが、ここで私が一言付け加えたいのは「最後まで笑った者が勝利者である」という言葉です。 世界中の何処の大學でも、勉強するのは、4年前後の時間だけです。 それは、人生という大學の起點に過ぎず、正真正銘の大學は就職してから自分の能力でそれぞれの人生の理想を実現する為、理智で選択する社會大學です。 社會大學の卒業証書は単純に履修単位取得によるものでは無く、様々な人間と付き合う過程で培われた経験により授與されます。 若し、學生時代に形成された善良な本性とロマンチックな情操が無ければ、若し、その後の社會大學で形成された獨立した人生観、入念厳密に仕事をする方法、物事に対する優れた観察力、多次元空間の想像力、チャンスを逃さず即斷できる判斷力、力強く迅速なスタイル、間違いを認め改める自己調整能力、変化への適応能力、人と仲良くできる親和力、チャンスを摑む事に優れた能力、が無ければ、貴方は永遠に社會大學の卒業証書を受け取ることは出來ず、個人が奮闘する目標も遠く屆くことの無い空中樓閣となるでしょう。 人生も、成功の過程も一種の體験です。 但し、殘念な事にこの世界中の殆どの人が結果のみ注目し、その素晴らしい過程を重視したり、楽しんだりしていません。 これは創業を志す人にとって一つの難題です。 素晴らしい過程を無くして、輝ける結果があるでしょうか。 虛栄心が強い人はいつも自分の取るに足らない栄光を他人にひけらかす事を考えています。 責任感が有り、勝気で社會に出たばかりの若い人は、社會から認められる為、栄光ばかりを追求した結果、人生で最も貴重な財産である、人生の體験を軽視しているのです。 堅固で素晴らしい過程が無ければ、最終的に獲得した結果も長い人生の河の中の線香花火に過ぎないでしょう。 「白貓でも、黒貓でも鼠を捕まえさえすればそれは全て良い貓である。」 この言葉は個體の作戦能力を強調しています。 白貓、黒貓両方が暫くの間我慢し、灰色の貓として懸命に鼠を捕まえたなら、個體作戦は団體作戦となり、自然と捕まえた鼠の數は何倍にも増えるでしょう。 若し、無意味にも白か黒かを論爭したなら、その隙に、殆どの鼠は逃げてしまっているでしょう。 何事においても、団體が物事成功の是非に大きく関わっている事を重視しなければなりません。 何をするにおいても、始めの計畫は出來るだけ周到に考慮し、最悪の事態も計算し、進退の自由が利く路線と作戦を決定するべきです。 計畫実行時の操作法は複雑化せず、出來るだけ簡単にし、後は心理狀態を調節し根気よく続けていれば、チャンスは貴方に訪れるでしょう 長期の生活の鍛錬を経て、私が學んだ。簡単で有効な、事を成す時の原則は以下です。 一.一つの事をやると決める前に、思いつく最悪の結果は何でしょうか? 若し、最悪の結果に対応する準備が出來ているなら、何も恐れる事は無いでしょう。 二.何事にも利益と弊害があります。 構想時に弊害より利益が大きければ、計畫実施を制定して良いでしょう。 実施中は絶えず第一條と第二條間の関係を分析比較し、それに基づき実施法案を修正し、継続か放棄かの決定をします 三. 強い信念とどこまでも諦めない固い意思が必要です。 四. 結果を重く見過ぎず、過程で自分の能力を高める事を大切にし、物事を成す事の本當の楽しさをもとめる。 更に、最も重要である第五條は... 五. 度量が大きい人間である事、他人に損をさせ、自分の利益も生まない事は斷固としてせず、自分だけ利益を得る事を出來るだけせず、他人も自分も得になる事を出來るだけする。得意でも失意の時でも、他人と自分に一筋の活路を殘す事。 私の、波亂に満ちた人生の體験を覚えておいて下さい。 無論、貴方が順風満帆な時でも、失意で意気消沈している時でも… 人生を変える様な大きいチャンスはそう何度もありません。 生命が続く限りチャンスに挑み続けましょう。 成功は粘り強く戦う精神と革新意識を備え、真面目にこつこつと、そして着実に物事に取り組んでいく人のものです。 董事長:王必雷 2008年7月 |